毎年、「エロイカ」というイベントを楽しんでいる。
その名から“エロい”イベントと勘違いされることもあるが、1997年にイタリアで始まった、由緒正しいヴィンテージ自転車の祭典である。50年代のイタリアで未舗装の美しくも過酷な道を駆け抜け、数々の伝説を築いていった自転車乗りたち。そんな英雄たちにちなんで、L’Eroica(英雄)の名が冠せられた。
今では世界各地で公認大会が開催されており、日本でも年々参加者が増え、おのおの当時のウエアに身を包み、昔ながらのスチールバイクでWレバーをガシャガシャと操りながら、未舗装の道も含まれた100キロのルートを走り楽しんでいる。
エロイカは、けっして旧車愛好家だけのためのイベントではない。
最新の高性能な自転車に乗り、現代人は足りないものを嘆く。ギアが一枚足りない、タイヤのグリップが足りない、と。一方エロイカでは半世紀も前の自転車を漕ぎながら、過剰なモノやコトに気がつく。ギアは五枚もあれば十分じゃないか、道は舗装されてなくても走れるものさ……。
なにが必要で、なにが無駄なのか。“あの頃”を知ることで、初めて気づく“今”がある。エロイカとは過去を体感することで、今を考えるイベントでもあるのだ。
さて、キャンプである。
昨今のキャンプ場の快適設備の充実には驚く。それでも足りないのか、より贅沢なキャンプを楽しむ「グランピング」とやらも人気らしい。アウトドアにおける快適とは、贅沢とは、いったいなんぞや。
長野の北アルプスの山麓に「千年の森自然学校」というのがある。「千年の森」と名づけられたその森には、(森なのだから当たり前のことだが)水道も電気もガスも通っていない。ただ当たり前でないのは、ほかの森と違って、見上げれば木の上に、いくつもの家(ツリーハウス)が設えられていることだ。
広大な森にはさまざまな種類の樹木が生い茂り、サルやカモシカなどの動物が棲み、そのなかで人間たちは湧水を汲み、火を熾し、木の上で眠る。この森を訪れると、ある者は「なにもない」と嘆き、別の者は「なにもかもある」とはしゃぐ。はたしてこの森には、なにがなくて、なにがあるのか。それを確かめるために、初めてのキャンプをまずはここから始めてみてはどうだろう。
「千年の森」には、なにもない。スマホの充電はできないし、温かなシャワーもない(近くに温泉はある)。パチパチと焚き火の爆ぜる音をBGMに酒を飲み、眠たくなったら焚き火に灰をかけてツリーハウスに上がり、寝袋にもぐり込んで眠る。朝は、鳥のさえずりで目覚め、炭になった薪にふたたび火をつけてお湯を沸かし、コーヒーを飲む。なんとも爽やかな宿酔の朝である。
なにもないこの森には、かけがえのない時間と空間がある。その豊かさは、三つ星の最高級ホテルにだって負けない。木の上から手を伸ばせば、そこには満天の星が輝いている。
エロイカでも千年の森でも聴くことのできる音がある。サドルの上で、木の上で聴くそれは、過剰なモノやコトにかき消されがちな風の歌だ。それがどんな音色なのかは、聴いてみなければわからない。はたして、それは今風だろうか。
初めてのキャンプは、そんな歌に耳を傾けることから始めてみたい。自分にとってなにが必要で、なにが無駄なのか。日常からは、日常の風景しか見えてこない。アウトドアへの第一歩は、それを感じることからだと思う。

この記事を書いたライター

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車はGT仕様のトヨタPROBOX(5MT)と、普通自動二輪免許取得と同時に手に入れたハスクバーナSVARTPILEN401、ベスパPX150。