ステークホルダーとの対談
自動車社会とタイヤの未来

ステークホルダーとの対談

一般社団法人 日本EVクラブ 代表理事/自動車評論家
舘内 端 様

取締役執行役員 技術統括 兼 タイヤ製品開発本部長 兼 品質保証本部担当
清宮 眞二

電気自動車(EV)の普及などによって自動車社会はどのように変化し、タイヤに求められる性能や役割はどのように変わっていくのか。約30年にわたり日本国内のEVの発展に尽力されてきた舘内 端氏をゲストに迎え、当社のタイヤ技術責任者と対談を行いました。

タイヤの環境性能における横浜ゴムの取り組み

舘内

横浜ゴムは国内外のタイヤメーカーの中でもエコに関する取り組みが特に早かったと思います。当クラブは1994年に設立され、1995年からEVの一大レースイベントである「日本EVフェスティバル」を、2014年から長野県白馬村で「ジャパンEVラリー白馬」を毎年開催していますが、現在に至るまで長年にわたりサポートしていただいています。

第20回日本EVフェスティバル(2014年)
(写真提供:一般社団法人 日本EVクラブ(Japan Electric Vehicle Club) 撮影:三浦康史(Yasushi Miura))

第3回ジャパンEVラリー2016白馬~乗鞍~高山(乗鞍スカイライン)
(写真提供:一般社団法人 日本EVクラブ(Japan Electric Vehicle Club) 撮影:三浦康史(Yasushi Miura))

清宮

当社では、時代に先駆けた環境性能をキーワードに、燃費の改善、CO2排出量の削減につながる新たな核となるタイヤとして、「DNAプロジェクト」を1996年にスタートしました。ちょうど日本EVクラブの活動がスタートした頃ですね。
当時は、タイヤのグリップ力を低下させることなく、ころがり抵抗を低減させることをずっと目指してきました。この相反する条件を両立し誕生したのが、1998年に発売した日本初の低燃費タイヤ「DNAシリーズ」です。

舘内

特に印象深いのが、2001年に実施したEV-Aクラスによる「2001年充電の旅」です。約半年間で621回の充電を行い、日本一周を果たしました。横浜ゴムのエンジニアの方々にもご協力いただき試行錯誤の末に実現したものです。

清宮

このEV-Aクラスに装着したタイヤが「DNA dB」です。当社は、「走る喜びと環境との調和」「電気自動車用タイヤの研究・開発」をテーマに、EVに関する技術開発の促進を継続的に行っています。
2013 年には、EVコンセプトカー「AERO-Y(エアロ・ワイ)」を開発し、「東京オートサロン2013 with NAPAC」で披露しました。EV のモータリゼーションの成長に向けて、環境に配慮した技術をあらゆる面で採用しつつ、直感的に走る喜びを感じてほしいとの思いから製作したものです。開発にあたっては、空気抵抗低減をテーマとし、空気力学(エアロダイナミクス)を活用したタイヤ設計やボディ設計をはじめ、航空部品などの開発で培ったさまざまな部門の最新技術を結集しました。

2013年に開発したEVコンセプトカー「AERO-Y(エアロ・ワイ)」

舘内

その2013 年には、急速充電だけでEVを走行させて日本一周を目指す旅にチャレンジしました。”急速充電のインフラが整ってないからEVは普及しない”と言われましたが、航続距離80kmで約2カ月をかけて8,160kmを走破したのです。この時も横浜ゴムのエコタイヤを履いての出場でした。

清宮

20年くらい前まで、タイヤの環境性能に関する主な開発テーマは、ころがり抵抗と軽量化でしたが、今では他にもさまざまな性能が求められてきています。EVだからといってタイヤの機能そのものが大きく変わることはないのですが、燃費(航続距離)につながる要求水準が非常に高くなっていますね。また、EVは特性上トルクが大きいので、タイヤにはそれに耐えられる摩耗性が求められます。静かな走行音を邪魔しないような静粛性に対する要求もあります。

舘内

一般的に日本国内では、京都で開催された1998年のCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)から地球温暖化問題がクローズアップされましたが、すでにこの頃、横浜ゴムはタイヤの構造や材料も含めて低燃費、低CO2の研究開発を進められていました。その蓄積が今日の製品に結びついているのだと思います。

清宮

今ではDNAから「BluEarth」にブランドが引き継がれ、さらなる環境性能の向上を実現しています。さらに最近では、再生可能原料やリサイクル原料比率の拡大に向け、原料メーカーと協業しながらタイヤ開発を進めています。

BluEarthブランド

両者をつなぐモータースポーツという絆

清宮

長年にわたって舘内さんとの協力関係がうまくできてきたのは、その取り組みの根幹に「モータースポーツ」があったからだと思います。やはり我々もクルマを走らせることが大好きなので、サーキットで実証しながらEVを勉強できたらという思いがありました。そうしたところがうまくマッチングしたのではないかと感じています。

舘内

うれしいですね。そんなこと言ってくれるのは御社だけですよ。実は横浜ゴムとの出合いは1970年代にまでさかのぼります。私は当時レーシングカーの設計を手がけていたのですが、そのチームがF2に出場することになり、レース用タイヤを提供していただきました。それからのお付き合いです。ちょうどADVANがすごい勢いで出てきた時ですね。
モータースポーツはクルマの生命線と言っても過言ではありません。私の原点です。また、電気を充電して走るクルマには大きな可能性があります。EVでレースをやれば認知度が上がり、多くの方々にその可能性を伝えられます。走って競い合って楽しむのがモータースポーツの本質であり、それは人類が生きていく上で重要な役目を果たすのではないかと思っています。

清宮

フォーミュラカーの世界では、サステナブルなモータースポーツ業界づくりを目的に「SUPER FORMULA NEXT50(ゴー)」というプロジェクトが始まっています。再生可能原料の比率を高めるという目標に向けて、当社でもステップを踏みながらさまざまなことにチャレンジしています。時速300kmを超える世界での実証は大変貴重であり、技術開発の進化に大きく役立っていると考えています。
今後は、既存のものをテストしてレベルアップするというより、モータースポーツを通じて新たなものを見つけていかなければならないと感じています。もちろん、これらの技術を市販タイヤにフィードバックするには、コストの壁という問題もありますが、知恵を出し合っていきたいと思います。

横浜ゴムが開発中のサステナブル素材の比率を向上したレーシングタイヤのイメージ

SUPER FORMULA NEXT50 テストカーイメージ
※PlayStation®4用ソフトウェア『グランツーリスモSPORT』にて制作

舘内

タイヤを開発されている方がモータースポーツの本質を理解してくださっているのはとてもうれしいです。御社で開発されたタイヤは、きっと地球を救うに違いないと思います。

自動運転とカーシェアリングでタイヤのあり方が変わる

舘内

未来の社会においても自動車が街の中を走るということは大きく変わらないと思いますが、自動運転によって運転の概念が変わってくるかもしれません。また、カーシェアリングが増えればクルマの所有に対する概念が変わるかもしれません。「ドライブ」や「自家用車」という言葉は過去のものになる可能性もあります。そうした中で、タイヤはどのように変化していくと考えられますか。

清宮

自動運転とかカーシェアリングが普及すれば、乗用車用のタイヤはある意味で生産財のような使われ方にシフトしていくと思います。タイヤに対する楽しみの要素は少なくなるのですが、その一方でメンテナンスフリーやセンシング技術が求められ、これまでにないようなデータを使ったタイヤの開発がされていくのではないでしょうか。しかし、クルマを所有する人やドライブの喜びを享受したいというユーザー様は、必ず存在し続けるとも考えています。

舘内

今後クルマを運転するのは特権階級になるかもしれないですね。サーキットを走るのは特に恵まれた階級の人たちなります。私の個人的な意見ですが、移動するという欲望が失われた社会は駄目になる。動くことに対するワクワク感を失っては駄目だと思います。
 しかし、タイヤは自動車と共にあり続けます。ショックアブソーバー、ブレーキ、タイヤの3つはクルマの形が変わっても生き残ると信じています。

清宮

生産財という意味では、トラック・バスなどの世界でもEV化が進んでおり、商用タイヤも燃費向上や環境対応のニーズに応えるために、変わっていくとみています。

横浜ゴムに対する期待

清宮

新型コロナウイルス感染症の影響により、当社でもリモートワークを導入していますが、やはりモノづくりは、現場で見て、触れて、体感することが重要で、この働き方のバランスが大事だと考えています。

舘内

自動車やタイヤは触れてなんぼですよ。当クラブの「中学生EV教室『電気フォーミュラカーを作ろう!』」では、2人乗り電気フォーミュラカーを分解し、組み立て、サーキットで試乗する体験教室を行っています。エンジン車でこうしたことを実施するのはハードルが高いですが、モーター車は比較的容易にできるものです。横浜ゴムでもスポーツEVを作ってみてはいかがでしょうか。

2人乗り電気フォーミュラカー「EV SIDE by SIDE」(2007年/中学生EV教室製作車両)
(写真提供:一般社団法人 日本EVクラブ(Japan Electric Vehicle Club) 撮影:三浦康史(Yasushi Miura))

清宮

コンセプトカーではなくて、実用車を製造するということですか。

舘内

自動車を巡るエネルギーと環境の問題に対して、これほど熱心に取り組んでいるのは、私の知る限りカーメーカーも含めて横浜ゴムだけです。これからはカーメーカー以外でも、工場がなくともEVを作れるようになります。超高性能なエコタイヤを履かせたスポーツEVを開発して、ル・マン24時間レースのエコカー部門にチャレンジするのです。多くの子どもたちに夢と勇気を与えられると思います。

清宮

そこまで先を見据えて仕事をしなさいということですね。自動車に関わる者としてEVには大きな可能性を感じていますので、前向きに考えさせていただきたいと思います。