近くて遠いは田舎暮らしと、夫婦の仲?

2018.08.16

10年ばかり前のひと夏を、とある高原で過ごした。

定年退職後の地方移住(田舎暮らし)を希望する人たちのための支援プロジェクトがあって、受け入れる側の情報や状況をリサーチする役割を担うことになり、ひと夏を栃木県内の高原に住み込んで過ごしたのだった。

すでに都会から移住して田舎暮らしを実現させている、さまざまな人たちに会って話を聞いた。本格的に農業を営んでいる人、ペンションを建てた人、喫茶店を始めた人、陶芸や手芸といった趣味の世界を楽しむ人……

人生のおそらく最後になるであろう夢を叶えた人たちは、みんな幸せそうで穏やかな笑顔だった。もちろん、よく言われるように田舎の小さな(そして強固な)コミュニティに“よそ者”が入り込んでいくのは簡単なことではない。だけど、その壁の多くは「郷に入っては郷に従え」のひと言で解決できる場合がほとんどである。わかってはいても、それを実行するのが、なかなか難しいことではあるけれど。

それよりも田舎暮らしを実現するにあたって最初に苦労するのは、夫婦間の体温調整だったりする。聞けば、定年退職後は田舎にログハウスでも建てて暮らしたい、なんて憧れるのは夫である場合が多いそうな。妻は、たいがいあまり乗り気ではない、と。つまり、体温(思い)に差がある。もっとも、いざ実行となると女性のほうがテキパキとして頼りになるのは移住に限らずで。

たぶん奥さんは、暮らし慣れた日常の生活を離れたくはないのだ。いつものスーパーマーケットで夕飯の食材を買って、いつものご近所さんと世間話をして、いつのもバスに乗って、いつもの銀行に行って…… そんな慣れ親しんだ日常を捨ててまで、この歳になってわざわざ慣れぬ、しかも不便な暮らしを始めたくはない。虫とか嫌いだし……。

夫は「歳をとったからこそ残りの人生を」と夢をみて、妻は「歳をとったからこそ今のままの生活で」と願う(もちろんそうではない、あるいは逆パターンのご夫婦もいらっしゃるとは思いますが)。だから最近では、夫だけが月~金を郊外の田舎で過ごし、週末だけ妻の住む都会に戻る…… そんなケースも多いそうな。近くて遠いは田舎暮らしと、夫婦の仲である。

田舎暮らしを、人生最後の夢だ、なんて思いつめないほうがいい。歳をとってからの田舎暮らしは、(奥さんの言うとおり)なにかと大変なものだ。田舎暮らしを満喫したいなら、元気な若いうち



高原で過ごしたひと夏は、素晴らしい夏だった。

畑の脇で食べた、水の張られた白いボウルに浮かぶ小さな朝採りのトマトは、まるで金魚すくいの金魚のように可憐で、そして甘かった。突然の夕立に、日射しに熱せられた深緑の山からは白い水蒸気が立ち昇り、やがて谷には夕陽を背に大きな虹が架かった。そんな体験のひとつひとつが新鮮で強く印象に残ったが、それらはたまたまその年の夏をその場所で過ごしたにすぎない人間の、つまりは旅人にとっての思い出である。

その高原には、いたるところに牛舎があった。どこにいても、いつも牛舎の臭いが漂っているような気がして、地元の人に訊ねたことがある。この臭いは気にならないのですか?と。すると、その人は不思議そうな顔をして、こうおっしゃった。

都会の排気ガスの臭いが、あなたは気にならないのですか?

返す言葉がなかった。暮らす、とはそういうことなのだろう、と思った。

この記事を書いたライター

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2と、数台のヴィンテージバイク(自転車)



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