Groover’s Voice vol.9 売野雅勇 (作詞家) 海沿いのカーブを抜けていく“白いクーペ”は、 あの映画で観たクルマなんです。

クルマを愛し、音楽を愛する人に話を伺う「Groover’s Voice」。誰もが知る大ヒット曲をはじめ1500曲もの作品を手がけてきた作詞家・売野雅勇さんが語るクルマと歌詞の関係。あの名曲の背景には、売野さんのカーライフが反映されていた!?

文/河西啓介 写真/稲垣純也
2022.05.28

黄色いビートルと駆け回った雑誌編集者時代

―― チェッカーズ、中森明菜、郷ひろみ、矢沢永吉、ラッツ&スター……など、あまたの大ヒット曲の作詞を手がけられている売野さんですが、もともとはコピーライターや雑誌編集者をされていたのですよね。

「そうですね。大学を出て数年、広告代理店でコピーライターをしていたのだけど、その後、新しいファッション誌を創刊するというのに誘われて。といっても社長と僕とアートディレクターの3人しかいなかった。だから編集だけじゃなく営業まわりもしなくちゃならなくて、必要に迫られて買ったのが初めての愛車の黄色いフォルクスワーゲン・ビートル。当時は“カリフォルニア・ブーム”で、ビートルは人気だった。環八沿いの中古車屋で45万円ぐらいだったかな」

―― 当時、僕は小学生ぐらいでしたが、子どもたちの間で「街で黄色いワーゲンを見たら幸せになれる」なんて言われていました。それほど人気でしたね。雑誌の編集者でビートルに乗って、なんだかとてもお洒落な生活という感じです。

「いや、それがそうでもないんだよ(笑)。編集者といっても、人手がないのでなんでもやらされていたから。でもそのおかげでこのビートルにはいろんな人を乗せたけどね。俳優の大友柳太朗さんや作家の片岡義男さん。創刊号に原稿を書いてもらったミュージシャンの高橋幸宏さんには“カリフォルニアしてるよなぁ”と褒めてもらいました。当時の駆け出し編集者の僕にとってはすごい人ばかりで、緊張したよ」

―― 錚々たる方々ですね。当時のファッション誌には“カルチャー誌”的な側面もあったから、音楽、芸能、文壇と、雑誌に関わられる方も幅広かったのでしょうね。

「忘れられないのはファッションデザイナーの三宅一生さんをお迎えにあがったとき。創刊号の表紙に出演してもらうことになり、事務所から撮影スタジオまで送迎することになったんだけど、じつはその3日前にビートルが飛び出してきたクルマにぶつけられてしまって……。助手席側のドアがべっこりと凹んじゃった。でもそのクルマで行くしかないし、お迎えのときは力任せでドアを開けて、「どうぞ」と。お乗せしたらドアをバシン!と無理やり閉めて。で、降りるときに三宅先生が「このドア、開かないね」と(笑)。」

運命を変えた、メルセデスとの出会い

――その後、作詞家としての活動を始められますね。1982年に中森明菜さんの『少女A』が大ヒット、その後、チェッカーズの『涙のリクエスト』や『ジュリアに傷心』など一連のヒット曲を手がけられ、時代を代表する作詞家へと駆け上がっていかれる訳ですが、そんな中でカーライフには変化はありましたか。

「ビートルの後、BMW2002tiiに乗り換えたんだけど、これがすごく硬派なクルマでね、パワーはあるんだけど運転が大変で、本当に疲れた(笑)。で、そのころ家の近くの中古車屋でたまたま一目惚れしたクルマが1965年式のメルセデス・ベンツ280SEクーペ。グレーとアイボリーで塗られた2トーンカラーのエレガントなクルマでね。でも高くて当時の僕には買えっこない。それでも毎日のように見に行ってたら、ある日、お店の人に見つかっちゃって。“欲しいけど買えないです”と伝えたら、“いくらなら買えるの?”と。ちょっと見栄を張ってギリギリなんとかなるかな?という金額を伝えたら“じゃあ、それでいいよ”と言われちゃった。引くに引けなくなってね、結局買いました(笑)」

―― いい話ですね。その愛しのメルセデスに乗ってみて、どうでしたか?

「いやあ、よかったね。優雅だし、オートマチックだから運転も楽だし、音楽もゆったり聴ける。すると思考にも余裕が出てくるんだよ。作詞家として上手くいき始めたのもこのメルセデスに乗り換えてからだったし、仕事には大きく影響していると思う。(BMW)2002のときは運転で必死だったからね(笑)。この280SEクーペではいろんなところに行ったし、楽しい想い出がたくさんあるけど、故障は結構多かったね。それでもう少しあたらしいメルセデスの230クーペに買い替えたんだよ。やっぱりああいうカタチが好きなんだね」

 

売野作品の世界観を表す“クーペ歌謡”

―― 売野さんの歌詞にはクルマが登場することも多いですよね。

「とある音楽評論家から“売野雅勇は歌詞にクーペという言葉を使った初めての作家だ”と言われてね、そうした作品を表して“クーペ歌謡”と名付けてもらった(笑)」

―― クーペ歌謡! なんとなく分かる気がします。クーペって決して実用車ではなく、美しいフォルムやスタイルを持つクルマですね。売野さんの書かれる都会的でお洒落な歌詞の世界観と、確かに通じるものを感じます。そういえばひとつ、どうしても伺いたいことがあるんです。稲垣潤一さんが歌われた『夏のクラクション』の冒頭で“海沿いのカーブを/君の白いクーペ”という歌詞がありますが、あの“クーペ”とはどのモデルなのでしょうか? すごく気になっていて……。

「じつは『夏のクラクション』とチェッカーズの『涙のリクエスト』の歌詞は同じモチーフで書いてるんだよ。しかも『夏のクラクション』を書いた翌日に『涙のリクエスト』ができた。我ながらすごい2日間だよね。そのモチーフとは76年の映画『アメリカン・グラフィティ』 なんだ。映画のラストで主人公が飛行機の窓から、走り去っていく彼女の白いフォード・サンダーバードを見送るシーンがあるんだけど、それが頭に残っていて。だから『夏のクラクション』のクーペでイメージしたのは、その56年式サンダーバード。ちなみに“海沿いのカーブ”は湘南の海沿いを走る国道134号線だね。葉山から三浦の方に向かって行く、坂道を上がった崖っぷちにある左カーブかな」

―― そうなんですね! 『夏のクラクション』を聴きながら、同じ場所を走ってみたくなります。それにしても『涙のリクエスト』と同じモチーフで書かれたとは驚きです。

「『アメリカン・グラフィティ』の中で主人公がDJ・ウルフマンジャックのラジオステーションに“彼女にこの曲を送ってくれ”とリクエストするんだけど、それが『涙のリクエスト』のアイデアになった。“アメ・グラ”でこの2曲ができちゃったんだよ」

盟友・芹澤さんに教わったクルマの楽しみ

―― そんな“クーペ歌謡”の第一人者たる売野さんですが(笑)、今の愛車はポルシェ・パナメーラですね。

「今はMax Luxというアーティストグループのプロデュースなどもしているから、何かと人を乗せることも多くて4ドアを選んでいるんだけど、やっぱり好きなのはクーペだよね。一時期ワゴン車に乗っていた時期もあったけど、僕の最も親しい友人であり尊敬する先輩でもある作曲家の芹澤廣明さん(『少女A』や『涙のリクエスト』などヒット曲を多数共作)から、“売野さんにワゴンは似合わないな、これから一緒にクルマ買いに行こう”とクルマ屋に強制連行されて(笑)。そこで出会ったアストンマーティンDB7に惚れて衝動買いしたことがあった。その後DB7ヴァンテージへとアストンを2台乗り継いだから、相当気に入っていたんだよね。その後、やはり芹澤さんにそそのかされて買ったジャガーXJ-Sも最高によかった。乗り心地の上質さ、あらゆる部分の優雅さ、“クルマってここまで感覚に訴えてくるものなのか”と驚かされたね」

―― アストン、ジャガーと、イギリスを代表する名車を乗り継がれたんですね。芹澤さんは売野さんとともに数々の大ヒット曲を生み出してきた“盟友”であり、同時にクルマの“師匠”でもあるんですね。

「ほんとにそうだよ(笑)。そういえば芹澤さんにクルマについてもうひとつ教えられたことがある。“タイヤは5000km、長くても1万kmで換えろ”って言うの。僕が”え? タイヤはツルツルになったら換えればいいんじゃないんですか?”と言うと、“高級車は常にいいタイヤを履いてなきゃダメなんだ、そうじゃなきゃ乗る資格はない”って」

―― それは素晴らしい教えですね(笑)

「それで言われたとおり、減ってしまう前にいいタイヤに換えるようにしたら、やっぱりフィーリングがぜんぜん違うんだよ。いや、これは宣伝じゃなく、実体験なんだけどね。だから芹澤さんはやっぱり、僕のクルマの師匠だよね」

―― どういうクルマに乗り、何を感じるかが、売野さんの書かれる歌詞にも大きな影響をあたえているんですね。

「それは確かだね。だからあの280SEクーペを手に入れたとき、“これだ!”と感じたんだろうね。クルマってそれぐらい人の生活や仕事に影響を与えるモノ。だから僕は人と知り合うと必ず“クルマは何に乗ってますか?”って聞くんだよ。きっと相手はその意味に気づいてないと思うけどね(笑)」

売野雅勇(Masao Urino)
1951年生まれ。コピーライター、ファッション誌編集長を経て1981年ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などで作詞家として活動を始める。80年代には中森明菜『少女A』、チェッカーズ『涙のリクエスト』などをはじめ多くのアイドル歌手に作品を提供し80年代アイドルブームの一翼を担う。90年代以降は坂本龍一、矢沢永吉、SMAP、森進一など幅広いアーティストに作品提供、これまでに1500曲もの作詞を手がける。

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