
昨秋、父が90歳を迎えたので「卒寿」のお祝いをしよう、と妹から連絡があった。
「卒」の略字である「卆」が九十と読めるから、90歳を「卒寿」と呼ぶらしい。コロナ禍で祝宴は開けなかったけど、正直に言えば「卒寿」という響きに、なんだか父が人生を卒業(=終了)してしまうみたいで、少し抵抗があった。
卒業と言えば、このところ話題になっているのが「卒業旅行」である。
コロナウイルス感染拡大防止のために「卒業旅行は控えていただきたい」という呼びかけに対して、学生さんが街頭インタビューに答えて「一生に一度の記念なのに」「楽しみにしていたのに」と嘆いていらっしゃる。
かつては、たとえば自分が学生だった頃(そうとう昔のことだけど)には、○○旅行と言えば「修学旅行」と「新婚旅行」くらいで、「卒業旅行」なんて言葉すらなかったような気がするけど、今どきは成人式などと同じく当たり前のこととして定着しているのか、と少し驚いた。
辞書によると、卒業には「学校の全課程を学び終えること」に加えて、「ある段階や時期を通り過ぎること」という意味もある。卒業とは、つまり終着点ではなく通過点なのだ。そう考えれば、父も九十年目の人生を通過したに過ぎず、まだまだ先は続くのだなと前向きになれる。学生さんにしても、もし卒業旅行に行けなかったとしても嘆くことはない。そもそも長い旅の途中なわけだから。
「卒業」と聞いて、真っ先にダスティン・ホフマンの顔を思い浮かべる人は映画好きに違いない。サイモン&ガーファンクルを口ずさむ人は音楽好きだろう。サンフランシスコのベイブリッジを駆け抜けるアルファロメオ・スパイダーを思い出す人はクルマ好きに決まっている。そして三者に共通しているのは、たぶん昭和の生まれだということ。
サイモン&ガーファンクルの曲をバックに、大学を卒業したばかりの青年(ダスティン・ホフマン)が真っ赤なアルファロメオ・スパイダーに乗って登場する青春映画「卒業」は、1967年の作品(日本での封切りは1968年/昭和43年)。
他の男と結婚式を挙げようとしている彼女を、青年が教会から連れ去るシーンは有名ですね。名優に名曲に名車に名シーンが揃った、まさに不朽の名作であります。
もし、まだ観ていないという人がいらしたら、きっと若い世代だと思うから、卒業シーズンである今こそ、ぜひ鑑賞してみることをお勧めしたい。なぜ、この映画のタイトルが「卒業」なのかってことに思いを巡らすことができたら、たとえ卒業旅行に行けなくても有意義なことだろう、と昭和生まれのおじさんは思います。
かつて観たとおっしゃるご同輩も、久しぶりに見直してみてはいかがでしょう?素敵なオープンカーで駆け抜けるような青春時代ではなかったとしても、自分が通過してきた、あの頃のときめきや切なさを思い出すはず。サイモン&ガーファンクルを聴きながらクルマで走り出せば、気分はベンジャミンとエレーンです。
映画では、教会を飛び出した二人が通りかかったバスに飛び乗る。置いてきたアルファロメオは、流れ去る町並みは、過去との別れか。たまたま乗ったバスの行き先は、若い二人の未来……。
「卒業」とは、新たな次の物語の始まりでもある。
この記事を書いたライター

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、
現在の愛車は手に入れたばかりのジムニーシエラと、