コロナウイルスが僕らに問うたこと。

2021.05.13

止まらない新型コロナウイルス(最近は変異株も)の感染拡大。
もう1年以上が経つのに、連日のニュースは「感染者数が過去最多を更新!」「緊急非常事態宣言、発出か?」と、まるでデジャブのようだ。

この1年間、たくさんの聞き慣れない言葉が登場し、それらが生活のスタイルにまで影響を与えながら日常語として定着した。
三密、ステイホーム、ソーシャルディスタンス、濃厚接触、クラスター、テレワーク、オンライン飲み会、時短営業……。もっともっとあるけど、どれも2019年までは聞いたこともなかった言葉ばかり。
なかでも、その意味を考えさせられたのが「不要不急」という言葉だった。

不要不急の判断はその人次第だから、「自分にとっては必要!緊急!」と宣言してしまえば他人が異を唱えることはできず、それで人流を止められないとなれば、「必要だろうと緊急だろうと、ダメなものはダメ!」と、つまりはロックダウンしかない。
そんな事態がイヤなら、まずは個々人が自分にとって「今、ホントに必要なこと」を見極めて行動するほかない。けど、じつはそれが難しいのだな、と気づかされたこの1年だったような気がする。
ホントに必要なことは何か?コロナウイルスは、人類にそう問うたのではないか。

若い頃、ささやかな人生の岐路に立って選択を迫られた時にアドバイスをもらったことがある。

『やむを得ざる。これを誠という』

その選択が、今の自分にとって「やむを得ざること」なのであれば、それは正解なのだ、という意味だと僕は受け取った。その時、何に悩み迷っていたのかは忘れてしまったけれど、そう言われてじっくり考えてみたら、なんだか、いろんな悩みがちっぽけなことのように思えてきたのは憶えている。

言葉にしてしまえば当たり前のようだが、じつは日々の暮らしの中で「やむを得ざること」など、そうそうあるものではない。やむを得ないのだ、と自分に言い聞かせているに過ぎない場合が多い。そのほうが楽だったりもするから。
やむを得ん、やむを得ん、と自分につぶやきながら、必要もないのにクルマを何台も買い替える、どこかのクルマ馬鹿のように……。

今、この状況の中で迷うことがあるなら、まずは行動する前にそれが「やむを得ざることなのか」と自問してみたらいいかもしれませんね。

さて、週末のドライブはどうしますか?

たとえドライブに出発する“やむを得ざる理由”が見つからなかったとしても、運転だけがクルマの楽しみではないはず。愛車をメンテナンスしたり、磨いたり、次のクルマに思いを馳せたり……。
気分転換のためにも、クルマを楽しむことは……やむを得ん、でしょう?

焦ることはない。道は、いつでも待ってくれているから。

この記事を書いたライター

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。

現在の愛車は手に入れたばかりのジムニーシエラと、トライアンフ・ボンネビルT120、ベスパET3 125。

   

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