
プロドライバーの高い感性で磨き上げられた、レーシングシミュレーターの世界とは?
「eスポーツ」もますます盛り上がりを見せる中、あらためて注目を集めているのがレーシングシミュレーターの世界。
「それって、要するにテレビゲームでしょ?」と思ったアナタ、実は筆者も似たような思いを持っていたことは否定できません、実際に触れてみるまでは。
今回は、SUPER GTをはじめ国内外のレースシーンで活躍を続けているレーシングドライバー・織戸学さんに、“レーシングシミュレーターのホントのところ”を教えていただくべく、織戸さんのショップ「130R YOKOHAMA」にお邪魔しました。
「130R YOKOHAMA」とは
130R YOKOHAMAは、レーシング・シミュレータ(以下SIM)を2台常設した、本格的レーシング・シミュレーション施設です。
MAX☆ORIDO選手によるSIMスクール(少人数、プライベート等)、将来レーシングドライバーを目指す人、現在レースで活躍している人、気の合う仲間でレースを楽しみたいなど、多くの楽しみ方をご提案いたします。
プロのレーシングドライバーから、サーキットを走行した事の無い人まで。全ての人が、笑顔で満足していただける極上の時間と空間をご提供いたします。
~130R YOKOHAMA : MAX☆ORIDO~
んん、、、リアルさが違う
「僕もゲームはあまり好きじゃなかったんで、そんなに興味は無かったんですよ(笑)」
ー織戸さんにレーシングシミュレーターとの出会いをお聞きしたら、開口一番で予想外のお答えが返ってきました。
「レースに参戦する方にドライビングを教えるために触れたのが、シミュレーターとの出会いでした。実際にやってみると、他人に教えるのに便利だし、自分にもプラスになるかなと思って、そこから興味が沸きましたね」
ーただ、実車とは違う部分も少なくなかったのが正直なところのようで、いろいろ調べてアメリカの会社にコンタクトを取るに至ります。アメリカのメジャーなレースチームにもシミュレーターを供給している会社でしたが、やはりリアル感がいま一つ足りなかったとのこと。
「アメリカの会社と代理店契約を結んだのですが、『変な物に手をだしちゃったかな』って(笑)。まだ足りない部分が多くて、特にタイヤのグリップ感が違うんですよ。コースレイアウトはリアルですが、実際のレーシングカーとはフィーリングが全然違ったんです」
リアルさを追求してオリジナル設計に取り組む
ー国内最高峰のSUPER GTをはじめ、幅広いレース経験を持つ織戸さんが納得出来るレベルには届いていなかったということですが、2台を購入してシミュレーターのお店をオープンしたのです。そして設定を徹底的に突き詰めて、より実車に近づけて行ったとのこと。これは織戸さんの豊富な経験値と高い“レーシングな感性”を抜きには出来なかったことでしょう。
こうしてリアルさが高まるのに比例して、プロのレーシングドライバーもお店へやって来るように。そして突き詰めて行った結果としてオリジナルのシミュレーターを作ろうと言うことになり、お店を開いて2年目のころから開発をスタートさせたそうです。
「ゲームではなくシミュレーターですから、実車をドライビングするためのトレーニングに使えなければいけません。僕自身がトレーニングに使えなければ意味がない。だから筐体(きょうたい)のフレームからオリジナルで設計制作して、SUPER GTの挙動を再現出来るようにしました」
ーオリジナル……、真っ先に思い浮かんだのはソフトウェアだったり、ビジュアルのリアルさを追求したり、そういうことなのかと思いましたが……。
「フレームの剛性が、とても大事なんです。レーシングレベルの強いブレーキや素早いステアリング操作をしたときに、筐体がグニャグニャしたらリアルさ以前の問題。実際の車での“ボディ剛性”という言葉を聞いたことがあると思いますが、これが高いと良い車という評価になりますよね。シミュレーターも同じなんです」
トレーニングで重要なのは「タイヤを感じられるか否か」
ー “リアル”の自動車で重視される剛性は、“バーチャル”の世界でも重要なポイントだったのです!! この基本的な部分をしっかり作り込んだ上で、次のテーマとなったのは……。
「画面の綺麗さとかよりも、実際のタイヤのフィーリングを如何に再現するかです。シミュレーターには実車と同じと言っても良いデータが山ほど入っているのですが、それはあくまでも数字的なもので実車のほうが曖昧なところがあるんですね。
シミュレーターでやってほしいのは、ブレーキを踏む、ギュッとタイヤが潰れる、ブレーキを徐々に離す、タイヤが元に戻っていく、このコーナーリングなどの一連の動きは実車のドライビングで最も大切なポイントですが、タイヤを活かした走らせ方を練習していただきたいんですよ」
“タイヤを感じられるか否か”。
ーここが織戸さん曰く「ゲームとの最大の違い」だそうです。たしかにシミュレーターにはステアリングもペダルもありますが、タイヤはついていません。しかし実車はレーシングカーでも普通の乗用車でも、タイヤが唯一地面と接している箇所であり、走りの全てを司っていると言っても過言ではない存在です。タイヤを知り、コントロールすることがドライビングの上達には必須、これは織戸さんがオリジナルシミュレーターに込めた強い思いの基となる考えでしょう。
プロドライバーはシミュレーターでも速いのか?
ーここで、ふとした疑問が。プロのレーシングドライバーは、やはりシミュレーターでも速いのでしょうか?
「うちにはトップドライバーも大勢来ていますが、5周もすればトップタイムに近い記録を残していきますね。後ろから見ていると、まるで実車の車載カメラと同じ風景で、それぞれの癖も出ますが最終的にはしっかり合わせ込んできます」
ー最近、若いレーシングドライバーの中には、運転免許を取得する前からシミュレーターで走り込んで経験を積んだという人も現れています。効率的なドライビングスキルアップにシミュレーターが役立つ事は、織戸さんの身近なところにもいらっしゃるとのこと。
「例えばウチの店の岡田店長は、実車にほとんど乗った事が無かったのに、プロドライバーが乗ったシミュレーターのデータを参考にしてトレーニングを重ねていたんです。データをなぞった走らせ方をすれば、プロと同じようなタイムが出る。別のプロのデータを参照して、どんどんスキルアップしてきたんです。そうしてトレーニングを積み重ねた事もあって、実際のレース(TOYOTA GAZOO Racing 86/BRZ Race)でチャンピオンを獲得するまでになりましたからね」
ーいまでは世界的なオンラインでのレース大会も盛んに行われ、そこにはF1ドライバーなども参加しています。こうしたeスポーツとシミュレーターは、同じものと言えるのでしょうか。
「そこは、別物だと僕は思っています。どちらが良い・悪いという話でも、上か下かということでもなくて。互いに一長一短があって、例えばグラフィックは有名なゲームソフトの完成度は素晴らしいですね。僕のシミュレーターはその点についてあまり重視していなくて、あくまでも“実車と同じ乗り味”を追求しています」
目の当たりにした、MAX☆ORIDOのドライビング
ーさて、そろそろ実際のシミュレーターがどんなものなのか、気になってきますよね。今回は織戸さん自ら、ドライビングを披露してくださいました。
実車のサーキット走行ではないので、ヘルメットやレーシングスーツは着用していませんが、ドライビンググローブをはめてシートにおさまった織戸さん。レーシングマシンの高らかなサウンドが耳に届くと、織戸さんの視線はレース本番で見せる鋭いものに変わりました。
ー3つの画面には、見慣れたサーキットの風景。その視野も織戸さんがこだわった点のひとつで、実際のマシンと同じような見え方を再現しています。
「いろいろなコースや車種を用意していますが、車種については遅い車ではダメなんです。動きがもっさりしていて動きのリアルさも物足りなく、良いトレーニングになりません。うちの店では初心者の方でもそれなりに速い車でトレーニングしてもらっています」
ーサウンドと視界、そしてなによりリアルなのが身体に伝わってくる感覚。シートのお尻の下に支点があり、背後を支える2本のシリンダーで動きを作っています。これによりコーナー旋回や加速、制動といった動きにあわせてG(重力加速度)を再現。ドライバーはまさに、実際の車を運転しているのと同じ動きを体感できるのです。
もちろんシートのみならず、ステアリングにも実際に近い感覚が伝わってきます。ステアリングを切ったときのタイヤの動きを感じられる、そこは織戸さんがこだわったポイントのひとつなのです。
5周を走った織戸さん、そのドライビングは実車と同じように強いブレーキングも行っていました。しかし、もちろん筐体がグラつくようなことはなく、レーシング領域のドライバーの動きをしっかり受け止めていることも良くわかりました。
そう、お気づきの通りレーシングシミュレーターはドライビングしている様子を間近に、いろいろな角度から別の人が見られるのです。ペダルワークや視線の行先、ステアリングワークなどをチェックできる、つまりコーチ役がいれば細かい指導を受けられるということですね。
走行データを解説し、アドバイスしてくれる
ーさらに走行データは、どのような操作をしたかグラフなどで可視化されますから、自分のドライビングの癖や改善点が一目瞭然です。
「ステアリングを切るタイミングや舵角、ブレーキを踏むタイミングや長さ、強さなどなど、いろいろなデータを観ることでドライビングの弱点を把握できます。例えば『ステアリングを切りすぎている』のなら、それはタイヤをしっかり感じていないということ。同様に闇雲にアクセルやブレーキを踏む乗り方も、グラフではっきり分かります」
ーこうして可視化されたデータは、別のドライバーのものと比較することが出来ます。つまり、プロドライバーとのドライビングの違いが、実に細かく具体的に可視化されるのです。
「僕たちプロは、タイヤを潰しながら転がして、ちゃんと車の向きが変わるまで待ってからアクセルを開けていきます。実際は一瞬のうちのことですが、その短い瞬間にどういった操作をしているのが可視化することで、効率的なスキルアップにつながりますね」
ー安全かつ効率的なシミュレーターの活用は、ドライビングスキルアップの近道であることをあらためて確認することが出来ました。
タイムを出すには「タイヤに指令を出す」
「まずシミュレーターでベースの乗り方を会得して、それを実車のリアルな世界で復習出来るかが次のテーマになります。そして、実車ではタイヤの上手な使い方が必要となりますが、僕のシミュレーターはタイヤのフィーリングにこだわっているので体験したことを実車のドライビングに反映させられると思います。車は最終的にタイヤで接地していますが、僕は『タイヤを感じる』のではなく、『タイヤに指令を出す』と言っています。タイヤからのインフォメーションに対応して運転するのではなく、タイヤをどうグリップさせるか常に指令を出して走らせるんです。タイヤに『こういう仕事をしてよ』と指令を出すのがドライバーの仕事、そういうこともシミュレーターを通じて経験することが出来るんです」
■プロフィール
織戸 学 (おりど・まなぶ)
1968年・千葉県出身。
1991年に富士フレッシュマンレースでレーシングドライバーとしてデビュー。前身の全日本GT選手権時代から国内トップツーリングカーレースに参戦、現在のSUPER GTまで25年以上活躍を続けている。また、海外でもマカオグランプリやル・マン24時間レースで好成績をおさめてきたほか、近年は全日本ラリー選手権にも挑戦するなど活躍の幅を広げている。