桜の儚さは、恋みたいなものだから。

2021.03.23

お花見は、もういいかな……と、彼女は言った。
また春が来て、桜が咲いて、また散って。まるで、若い日の恋みたいなものだわ……。コロナ禍だから、なんて言わない。そんなお花見自粛の理由もあるのであります。

今年は全国的に桜の開花が早いらしい。東京では3月14日に開花宣言が出された。
毎年、少しずつ桜が咲くのが早まっていて、昔は桜と言えば入学式だったような気がするけど、今では卒業式に咲いている。
もちろん、ゴールデンウィークにお花見という地域だってある。若い頃には、アメリカ大陸を西から東までクルマで走ってみたいと夢みたけど、今では、桜前線を追いかけながら、この国を南から北までドライブできたら楽しいだろうな、なんて夢みたりしている。帰りは、逆に紅葉前線を従えて南下して来る、という夢のドライブ計画……。

ちなみに、1985年に東京で桜の開花宣言が出たのは4月3日だった。なんで、そんなことを憶えているのかと言うと、その日に娘が生まれたから。
父親というのは、わが子の誕生に際して思いのほかやること(やれること)がなくて、明け方、病院から一人で自宅にもどった僕にできることといったら、1985年の4月3日という一生に一度しかない日を写真に残すことくらいだった。
だから娘のアルバムの最初のページには、彼女が生まれた日に咲いた小さな桜の花の写真が貼ってある。

ある年の春、桜の木の下に駐めておいたロードスターに戻ってみると、ボディいっぱいに満開の桜が映り込んでクルマが桜模様になっていた。
 おぉ、なんて素敵なんだ、と思わず見入っていると、少し離れたところで、黒いカブリオレのボディを、僕と同じように覗き込んでいるオヤジがひとり……。
 大勢の人が、美しく咲いた桜の花を見上げながら散歩しているその脇に、幌を開けたオープンカーが2台。それぞれに髭面のオヤジが自分のクルマのボディの写真を撮っている。クルマ馬鹿以外の人は、誰も気づいていなかったのだ。桜が頭上に咲いているとはかぎらないってことに。
 はらはらと桜の花びらが、ロードスターのシートに、カブリオレのワイパーに舞い落ちる。走り出すと、カーラジオからケツメイシの“さくら”が流れた。

卒業式だったり入学式だったり、出会いだったり別れだったり、この国に暮らす人々のハートディスクの中で、きっといろんな、それぞれの桜の花が揺れている。
たとえコロナ禍であろうと、ハートの中の「2021_春」フォルダには新たな桜の情景が記録されるだろう。桜の散り際は儚いものだけど、だからこそ胸に刻まれるのだ。
恋みたいなものだから。

この記事を書いたライター

夢野忠則

自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は、荷室に寝袋とギターを積んだトヨタPROBOXのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。



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