目的地のない旅、帰る場所のある旅。

2021.02.24

 数年前に観た映画で、旅と放浪の違いはなにか?と問われた男が「目的地があるか、ないか」と答えるシーンがあった。
 若い頃、放浪に憧れたのは、つまり自由気ままな「目的地のない旅」への憧れだったのだろう。あれから歳を重ね、いろんなものを背負い込んで、気がつけば目的地のない旅など夢のまた夢となってしまった。
 だけど、もはやそんなことを嘆いている場合ではない。今や「目的地がある旅」さえ気ままには行けない状況なのである。だからこそ胸が疼くのだ。自由な移動を制限されればされるほど、旅に出たいと。若かった、あの頃のように。

 ニューノーマルの時代と言われる、この先の旅の在り方について考える。
昨年、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態に直面して実感したのは、クルマ以外ではできるだけ移動したくない、ということだった。
 人混みの駅に立ち、満員電車に乗って、咳のひとつでもしようものなら隣の客から睨まれる……なんて、考えただけで気が重くなる。クルマだったら三密とやらを気にすることもない。渋滞というクルマの密は避けたいけれど。
 この先は、これまで以上にクルマで移動する機会が増えることになるだろう。日々の移動だけでなく、旅にもできるだけクルマを使いたい。ドライブこそが、自分にとってはニューノーマルな旅の基本スタイルとなる。
 電車や飛行機での旅と、クルマによる旅との違いはなにか?と問われたら、映画の男を気取って、こう答えよう。「目的地があるか、ないか」。
行き先のない電車はない。だけど、ドライブは違う。クルマなら、かつて憧れた自由気ままな旅も叶えられる。僕らが、カーナビに目的地を設定さえしなければ……。
 思い立ったら、ともかくクルマを走らせる。いくつかの橋を越えれば、そこには田園風景が広がっているかもしれないし、さらにいくつものカーブを抜ければ、野花の揺れる高原が待っているかもしれない。そのまま帰ってきてもいいし、もっと走れば、きっと道は海へとつながっている。

 ひたすら、ただ走り続ける。そんな旅だってクルマならできる。もしかしたら、そんなドライブこそクルマならではの楽しみ方なのかもしれないと、不自由な日々の制約のなかにあって思う。
 観光ガイドもドライブマップもいらない。自由気ままに、おもむくままに。時間からも解放されて、目的地のない旅の、なんと贅沢なことだろう。まさに現代の放浪だ。コロナ禍を耐えたからこそ噛みしめられる幸せだ。そして、そんなドライブを楽しめるようになる日も、きっともうすぐだ。その日のために、今はクルマを磨いて。

 冒頭で紹介した映画のシーンには続きがある。旅と放浪の違いは?と問われた男は、さらにこう言うのだ。「それともうひとつ、帰る場所があるか、どうかだ」。
 ニューノーマルの時代には、目的地のないドライブを楽しもう。だけど、それはあてもなくさまよう放浪ではない。僕らには、クルマで帰る大切な場所があるのだから。

この記事を書いたライター

夢野忠則

自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は、荷室に寝袋とギターを積んだトヨタPROBOXのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。



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