GTとは、大地を駆け、時を超える冒険である。

数年前に、広島から東京まで約800キロをクルマで走った。普段なら新幹線を使うのだが、その時はたまたま魅力的な2シータ―のコンバーチブルを借りることができたので、迷うことなく本革の太いステアリングを握ることにした。
2019.04.02

数年前に、広島から東京まで約800キロをクルマで走った。

普段なら新幹線を使うのだが、その時はたまたま魅力的な2シータ―のコンバーチブルを借りることができたので、迷うことなく本革の太いステアリングを握ることにした。

クルマで帰京することを告げると、広島の友人が「ロングドライブだな」と言った。大柄なボディに対して贅沢にタイトなコクピットに座り、ソフトトップを開けながら僕は答えた。

「いや、グランドツーリングの始まりさ」

夕暮れちかくに出発した。やがて、ルームミラーをオレンジ色に照らしながら太陽が沈み、その先は夜の帳を風に巻かれながらアクセルを踏み続けた。いくつもの街路灯が規則的に彼方へと飛び去り、その向こうの名も知らぬ街の瞬きを置き去りにして、ついて来るのは頭上の丸い月だけだった。

あり余るパワーを誇るオープンカーは、空気を切り裂くというより押しつぶしながら夜のハイウェイを突き進んだ。バックシートを倒せないので、サービスエリアでゆっくり仮眠をとることもできない。だからコーヒーを飲んで、ひたすら走り続けた。

まるでマラソンランナーのように、ある時点を超えると睡魔は消え逆に気分は高揚していった。アクセルペダルを通して右足の裏とタイヤが直結したかのような陶酔感は、まさに“ドライバーズハイ”状態だったのだろう。

おかしな言い方だが、その時の僕は東京に向かってはいたが、そこを目指して走っていたわけではなかったように思う。ただ、クルマを運転し続ける興奮に満たされていたのだ。

向かう先の空がうっすらと紫色に染まり、右手に銀色の海が浮かび上がると、フロントウインドウの正面に灰色の雲の隙間から太陽がふたたび姿を現した。

走ってきた距離は、時間の長さでもある。太陽が眠っている間に西から東へと大地を駆け、時を巻きとりながら、昨日から明日へと走ってきた。タイヤは回り続ける時空の糸巻きなのだ。

早朝の東京へと入り、ひと晩のグランドツーリング(GT)は幕を閉じた。エンジンを切って忘れていた静寂に包まれながら、クルマにはふた通りあることに気づいた。早く目的地に到着したいと思うクルマと、800キロの時を超えてなお、もっと走り続けていたいクルマ。その旅の相棒は、もちろん後者だった。GTカーとは、たぶんそういうクルマのことだろう。

いわゆる旅の切なさは、そこに終着点があるということだ。

太陽が昇らない冬の北極(極夜)を旅した男がいる。その旅は、ただ極夜という状況そのものを探検するというものだった。目的地のない冒険は、数ヶ月ぶりに昇った太陽の光に包まれて終わる。切なさよりも、温もりをもって。

その冒険家が教えてくれたように、地理的な移動だけが旅の目的ではない。ロングドライブが、A地点からB地点までの長い距離をクルマで移動する旅だとするなら、運転する状況そのものを楽しむ旅をグランドツーリングと呼びたい。走り続ければドライブもまた冒険となる。同じ場面は二度とないのだ。

大地を、時を駆け抜ける冒険は終わらない。また走り始めればいいのだから。未知なる道を手のひらに右足の裏に感じながら走り続ければ、やがて日は沈み、また昇る。

グランドツーリングという冒険を楽しむことができたなら……

その時、移動は感動となる。

この記事を書いたライター

夢野忠則

自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は、荷室に寝袋とギターを積んだトヨタPROBOXのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。



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