冬には肝が冷えすぎる!? 暖かくなったら行きたい、東京の山城跡「八王子城」って?

暖かくなったらあそこへ行きたい、これをしたい。寒い時期のこたつの中での妄想は捗るものです。パッと思い浮かぶのがピクニックやBBQ、屋外でのスポーツなど、気温的に冬行うことが難しいイベントですが、ここは発想の転換を。心理的に適していない物事といえば……そう「肝が冷えること」でしょう!
冬期でもトレッキングを楽しめる一方で、詳しく歴史を知ると恐ろしさあまりに足を踏み込めなくなる(?)スポットが東京にもありました。友人や家族で行ってみたい、ウワサの「八王子城」をご紹介します。
2018.06.06

事前にアクセスを確認! 高尾山へ向かう客とは逆方向へ

「武士の霊のうめき声が聞こえてきた……」
「滝のところから女性や子どものすすり泣きの声がしたの」

何やら怪しげな話が絶えない八王子城は、16世紀に小田原を中心に関東地方を支配していた、後北条氏の拠点のひとつでした。本丸の標高は約400m、敵からの侵入を防ぐ要害と居館(住居)、根小屋(城下町)を兼ね備えた壮大な城山は、なぜ心霊スポットとして囁かれるようになってしまったのでしょうか。

由縁を調査する前に、まずは城までのアクセスを確認してみましょう。電車の最寄り駅「高尾駅」からのバスは1時間に1本程度です。ちなみに筆者は駅から城まで徒歩で向かいました。ゆっくり歩いて30分程度なので、足腰が強い方は徒歩も選択肢として考えてよいでしょう。

登山客で賑わう高尾駅

車では圏央道八王子西ICから高尾方面へ約10分、もしくは圏央道高尾山ICから甲州街道を経由して約10分で到着します。八王子城の駐車場は無料で利用できますが、利用時間は08:30〜17:00なので注意しましょう。

今回は「肝試し」ではありません。もちろん夜間の立ち入りは厳禁です。心霊現象以前に、周辺環境的にも非常に危険です。逸話を聞けばただでさえ冷える肝、無謀な散策はやめましょう。

なんで心霊スポットって呼ばれているの?

後北条氏の三代目・氏康の三男であった氏照(?〜1590)が築城した八王子城は、壮大な構造だったのにも関わらず歴史の荒波に翻弄され、凄惨な最期を遂げました。豊臣秀吉の関東制圧の一環で、1590年6月23日に前田利家・上杉景勝軍に攻められ、なんと1日で落城してしまったのです。

中でも最も凄惨な逸話が、多くの女性や子どもが無念の死を遂げたというもの。戦闘時に御主殿にいた侍女や氏照の妻は、敵に攻め込まれたことを察して御主殿そばの滝の上流で自刃し、次々と身を投じました。その血で山城川の水は三日三晩赤く染まったそうです

そのため現在でも噂が絶えないのは「御主殿の滝」周辺です。声がする、生首がこっちを見つめている、はたまた霊が家まで付いてきてしまう……ネットには様々な情報が転がっています。

真偽のほどはさておき、悲しい背景を背負ったこの地に面白半分の気持ちで踏み込むのは厳禁。「お邪魔します、そして安らかに」という気持ち、そして歩きやすい運動靴、動きやすい格好で向かいましょう。山城は“山”そのものです。

管理棟から本丸跡までは徒歩40分ほどの山道。装備はしっかりと。

行かなきゃわからない、八王子城の姿。実際に行ってみた

管理棟から古道を通って約15分で御主殿および御主殿の滝に到着しました。広がる青空と美しい芝生、なんて素敵な場所なのでしょう!

御主殿の跡地。出土品の発掘現場や再現された御主殿の間取りが

脇にもベンチがいくつか用意されているので、お弁当を持参してピクニックを楽しんでいる人もたくさんいました。
肝を冷やす気で訪問した人は、眼前に広がる優しい風景に驚くこと間違いありません。筆者もその一人でした。きっと氏照はじめ戦国大名誰もが、このような景色を望んで血を流したのでしょう。

そしてすぐ側には御主殿の滝が。

氏照は普段、御主殿からこの滝を望んで癒やされていたといいます。それが凄惨な歴史を背負う場所になると誰が予想したでしょうか。この日も滝は爽やかな水音を立て、穏やかに流れ続けていました。

強者どもの夢がここに——実は絶好の穴場スポット?

「肝が冷える」と噂のスポット、実態は強者どもの夢が体現した「穏やかな風景が広がる場所」でした。御主殿から約40分山道を行けば、本丸跡や八王子神社もあり、晴れた日には頂上から小田原の海や筑波山も見渡せます。

筆者が訪問したのはゴールデンウィークのとある日でしたが、訪問客もまばらでとても快適でした。歴史を感じながら、ピクニックもトレッキングも叶ってしまう八王子城。東京の新定番・穴場スポットかもしれませんね。

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