もはや外車という言葉さえ使われない時代

2018.07.02

母は世間を、なによりも気にする人だった。

なにごとも基準は、世間体が悪くないか、世間様に笑われないか、顔向けできるか。だから当然の結果として、息子の服装から日頃の行いまで、いちいち口を出さずにはおれなかったらしい。母子の価値観はこれまた当然のことながらかみ合わず、やがて息子は家を出た。

母の世間体から解放されたバカ息子は、上京してクルマを手に入れる。20年落ちのオールズモビル。母が見たら卒倒しそうな、V8の5.6Lエンジンを積んだ巨大な2ドアクーペ。アロハを着て某大学の学園祭に乗りつけたら、ゲストのロックバンドのメンバーと間違えられた。

ある日、母から電話がかかってきた。

あんた、芸能人みたいなクルマに乗っとるらしかね。

信じられないことに、ドライブしているところを横浜に住む叔父に見られたらしい。世間は狭いものだと知った。田舎に暮らす母にとっては、外車=芸能人なのだった。

巨大な2ドアクーペは、ドライブ中にエンジンが止まり巨大な鉄クズとなった。次に手に入れたのは、これまたボロボロの緑色のビートルだった。キズ隠しにステッカーを貼っていたら、ボディがステッカーだらけになった。マフラーに加えて、シートから飛び出たスプリングで買ったばかりのチノパンの尻にも穴が開いて、さすがに世間体が悪かろうと、初めての国産車に乗り替えた。

やがて二番目の子ができ、家族の安全のために、という格好の理由を見つけてボルボのステーションワゴンを新車で買った。作り手の思想がデザインや機能から伝わってくる北欧らしいクルマだった。母が産まれた孫の顔を見るために上京してきたので、ボルボで羽田に迎えに行った。

あら、よかクルマね。百万円くらいしたとじゃなかと?

母は、ボルボを大きなライトバンだと思ったらしい。彼女はクルマについては世間知らずだった。その後、ボルボからサーブに乗り替えたり、ポルシェに夢中になったり、ハチャメチャなクルマ馬鹿人生を送ってきたが、母が上京してくる機会はなく、叔父に見つかることもなく、おかげで実家に対してはなんとか世間体を保ったまま過ごすことができた。

そして今は、30年前のゴルフ2に乗っている。もしも母が生きていたら、こんなオンボロじゃ世間様に笑われる、と嘆いたかもしれない。あんたもいい歳なんだから、もっと世間一般のフツーのクルマに乗ったら?と。

でもね、母さん。

今の時代には、もう世間なんてなくなりつつあるんだよ。だから、ほら、みんな周りの目など気にせず自由に暮らし、外車だって(芸能人じゃなくたって)当たり前のように街なかを走っているだろう?もはや、外車という言葉さえ使われない。外車だから選ぶ選ばないではなく、気に入って選んだクルマが国産ではなかった…… そんな時代なんだ。

母は世間を気にすることで、きっと生きていく上での規範みたいなものをわが子に伝えたかったのだろうと思う。反発しながら生きてはきたが、おかげで世間のなんたるかを学ぶことはできた。いくら時代が移り変わろうと守り続けるべきものはあるのだ、ということも。

ドイツ生まれのクルマのボンネットは塗装が剥げてきたけど、世界のスタンダードカーと謳われた心地よさは今も変わらない。だから乗り続ける。時代遅れと笑われようと、それが僕のフツーなんです。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

カテゴリ

横浜ゴム株式会社