おしゃれで気持ちのいいカフェを見つけよう

2018.07.02

二年間、カフェを経営していた。

代官山の駅からほど近い、1964年に建てられた古いマンションの一室で。地域の再開発にともなって建物の取り壊しが決まっていたので、それまでの二年間を使わせてもらった。恵比寿の不動産屋の張り紙には「貸倉庫」とあったが、どうせ壊すのなら倉庫でなくても構わないだろう、と交渉してカフェを開くことにした。12坪で、家賃は11万円だった。

不動産屋を説得することはできたが、マンションの管理組合の方々を納得させるのに苦労した。昭和の時代からずっと住み続けていらっしゃる高齢の入居者たちに「カフェ」というニュアンスを伝えるのが難しかった。彼らの目に、ヒゲづらの侵入者はいかにも怪しげに映ったに違いない。

喫茶店とは違うのか?スナックか?カラオケもやるのか?

いわゆる喫茶店ではないし、スナックでもないし、カラオケもやりません。つまり、なんというか…… 気持ちのいい時間を過ごせるサロンのような空間です。

根気よく説得を続けて、どうにか理解してもらうことができた。開業にあたっての条件は、目立つ看板などは設置しないこと、騒音を出さないこと、22時以降は営業しないこと。契約書を交わして、やっと準備に取りかかることができたのは2001年の秋だった。

店の運営は調理師免許を持っていた友だちにまかせ、僕は店づくりを担った。開業のための資金が豊富にあったわけではないので、ほとんどの作業を自分たちで行った。和室の床を剥がして足場用の木の板を敷きつめ、壁と天井は白いペンキで塗り、粗大ゴミとして捨てられようとしていた古いテーブルやソファを譲り受け……。

目指したのは、外国の田舎町にある古く小さなホテルのロビーのような空間だった。できあがった手づくりの空間を見て、マンションの長老たちは言った。

これなら、お客は来ねぇから安心だ。

しかし、長老たちの期待は外れた。マンションの一室で、しかも看板も出していないことが、逆にユニークな隠れ家カフェとしてメディアに取り上げられることになり、週末には15席の客席が満席となった。その人気は、オープンした日からクローズする日まで続いた。芸能人にしてもスポーツ選手にしても、惜しまれつつ引退するのがいちばんいい。わずか二年で、もともと上げていない看板を下ろしたカフェは伝説となり、今でもネットで検索すればカフェマニアと呼ばれる人たちが語り継いでくれている。

さぞや、儲かっただろう。

と思われるかもしれないが、世の中はそんなに甘くはなかった。こだわり抜いて作り上げた気持ちのいい空間は、気持ちがよすぎたのかお客さんが帰らない。つまり客が回転しないのだ。お昼にやって来て、読書しながら閉店まで(22時!)とか、コーラ1本で白黒テレビに映し出す映画が終わるまでとか……。お酒を出さないから客単価も上がらず、安い単価がさらに回転しないのだから儲かるわけがない。建物が取り壊されなくても、あれ以上続けるのは難しかっただろうと思う。

今や街には、おしゃれなカフェがたくさんある。それぞれにオーナーのこだわりがうかがえる素敵なお店ばかりだ。インターネットを使って人気のカフェを巡るのもいいけど、散歩がてらに好きな街を歩きながら、小さなカフェを見つけ出すのも楽しい。路地には、猫が昼寝する日だまりのように気持ちのいいカフェがきっとある。

そしてできれば、たくさん飲んで食べてあげてください。次にも、また訪れたいなら。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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横浜ゴム株式会社