ハーフタイムに、富士山に登ろう

2018.06.26

すれ違った後に、後ろ髪を引かれるような思いの残るスポーツカーがいい。思わず振り返ってしまう、たとえばトヨタ2000GTとか、ジャガーEタイプとか……。

リアエンドを神さまに押さえられていて身動きができず、それでも無理やり発進したら、空気の壁をぬるりと抜け出て、ほら、ロングノーズ&ショートデッキのこんなフォルムになっちゃいました、みたいなスポーツカーは美しい。

ボディのアンダーラインの延長線と、なだらかに傾斜して落ちていくルーフラインの延長線とが、その先の見えない一点で結ばれる。まさに神さまに後ろ髪を引かれて生まれたクルマたち。流線型を美しいと感じるのは、その型が自然な流れだからだろう。

神さまによる最高傑作のひとつが、この国にはある。

富士山だ。

美しいスポーツカーが神さまに後ろから引かれて生まれたのだとするなら、富士山は神さまが大地のある一点をつまみ上げて創り出したに違いない。そのシルエットが描く自然な弧は、大きな岩の塊りから削り出されたかのような世界中のどんな山よりも美しい。2000GTと富士山の美しさは、わが国の誇りである。

2000年の夏の終わりに、そんな富士山の頂に立った。

その年の春、高校時代にラグビー部で一緒だった同級生5人と酒を飲み交わしながら、酔いの勢いもあって不惑の記念に全員で富士山に登ろうじゃないか、という話になった。いつもなら酒宴の戯言で済ますところだが、今回は違った。

人生の前半戦を終えて、これからの後半戦に向けて、みんなきっと、ひと区切りとなる“何か”を望んでいたんだろうと思う。ハーフタイムに富士登山はキツいな、と元フルバックは笑った。

夏の終わりに、僕らは富士山の頂を目指して登り始めた。

富士山に登るには、4つのルートがある(吉田ルート、須走ルート、富士宮ルート、御殿場ルート)。僕らは須走口五合目から、須走ルートを辿ることにした。午後から登り始めて、7合目の山小屋を目指す。そこで仮眠をとり、真夜中に出発して山頂でご来光を拝もう、という作戦である。

須走口から、まずは比較的ゆるやかな樹林帯が続く。ここまでは気楽なハイキング気分だが、そこを抜けると砂と岩の登山道が延々と続く。六合目あたりで、早くも元プロップが「オレのことはもういいから、先に行ってくれ」と情けないことを言いだす。スクラムハーフだった男は、やっぱりひょいひょいと、まるで猿のように登っていく。元ロックは、もう水を飲み尽くして途方にくれている。みんな、あいかわらずだ。

山小屋を出て、満天の星空の下を歩き始める。右手の吉田ルートを見れば、小さなヘッドライトの列が、まるでクリスマスイルミネーションのように連なっている。九合目あたりで東の空が白みはじめた。座り込んだ元プロップを、「もうすぐ、陽が昇るぞ」と元キャプテンが励ます。

富士山の頂に立つと、眼下には駿河湾が広がっている。芦ノ湖の向こうに湘南の海岸線が続く。彼方には東京の街の灯りが瞬いている。正面の雲の切れ間から朝陽がのぞき始めた。5人全員、どうやら日の出に間に合った。ご来光は神々しく、これまでに見たどんな日射しよりも柔らかで美しかった。

その光は、ここまで頑張って生きてきた者たちへの、神さまからのご褒美か、励ましか。絶景に後ろ髪を引かれながら、急斜面の砂走りを転がるように駆け下った。さぁ、温泉に入ってビールを飲もう。ハーフタイムを終えて、僕らの後半戦が始まる。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

カテゴリ

横浜ゴム株式会社