ヘッドライトを消して見えてくる夜景

2018.06.19

幼い頃、祖父の家の近所に住んでいた。

距離にすれば数百メートルだったと思うが、夜にひとりでお遣いに行かされたりすると、その道中は暗く、誰かが追いかけてくるようで、何かがそこに立っているようでふり返ることもできず、いつも駆け足で行ったものだ。

いちばん恐ろしかったのは、祖父の家の門を入ってから玄関までの、植木の生い茂る暗闇だった。今にして思えばほんの15メートルほどだったと思うが、街灯の光も届かない闇の向こうで木々の葉がざわめき、怖くて一目散に駆け抜けたものである。

玄関に入ると祖母が出てきて、どうしたの、そんなに息を弾ませて、と笑っていた。怖くて、とは恥ずかしくて言えず、かけっこの練習だとかなんとか、そんな言い訳をしていたように思う。幼い頃の夜とは(田舎町だったこともあるが)、すなわち闇だった。

はじめて夜景を美しいと思ったのは、いつだったろう。

これまでに見た夜景でいちばん印象に残っているのは、ニューヨークの(今はなき)ワールドトレードセンター(WTC)の最上階から見た光景である。マンハッタンの摩天楼の夜景は、どこで眺めても、まるで本物の宝石を散りばめたかのようだったが、マンハッタン島の南端に位置するWTCから見たそれは、とくに忘れられない。

WTCの一番高いところから北の方角を見下ろすと、マンハッタンを一望できた。細長いマンハッタンという街は、西から東に向かって順に一方通行のアベニューが南北を縦に貫くように並んでいる。

その日、夜の帳が下りたばかりのマンハッタンは、どのアベニューも渋滞していて、その様子をWTCから眺めると、一番街には北に向かうクルマのテールランプの赤い光がずらり並んでいた。となりの二番街にはヘッドライトの白い光が並び、次の三番街には赤い光、四番街は白い光……。赤と白の光の列が交互に並んで、その先には遠くダウンタウンの灯りが星のように瞬いていた。

まるで眼下に、光によって描かれたアメリカ国旗が広がっているようだった。あれはきっとマンハッタン中のクルマが、はるばる日本からやって来たクルマ馬鹿のために用意してくれた贈りものだったのだと、今でも信じている。

夜景とは光と影が織りなすコントラストであり、夕暮れのマンハッタンのそれはまさしく光の景色だった。木々が覆いかぶさる祖父の庭が恐ろしかったのは、そこに光も影もなかったからだろう。

街の灯りと、月明かり。二種類の夜景がある。

街の灯りによる夜景とは人工的な光源による景色であり、街だけではなくベイエリアや空港、工場地帯などさまざまなスポットがある。一説によると、日本は非常に夜景人気が高い国らしい。街に建物が密集していて、山からその街並みを見下ろせるスポットが多く、治安が良いので夜でも人気のない山や埠頭に行きやすい。クルマで訪れる人も多い。

一方、月明かりの夜景は、いつ遭遇できるかわからないからスポットにはなりにくい。でも、だからこそ街の灯りとは違った趣きがある。月に照らされ驚くほど明るい空に、白い雲が浮かんでいる夜がある。となりの家の屋根瓦が、月光にきらきらと輝いている。森に行けば流れる雲の下、彼方の山々の頂に残雪が白く光って見える。そんな青い夜……。

今ではほとんど使われない日本語に、「夜色」(やしょく)という言葉がある。夜の気配や風情を指すらしい。たまにはクルマのヘッドライトを消した後に見えてくる、鮮やかな夜の色もまた楽しみたい。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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