雨の日は、ドライブ日和

2018.06.19

都会の雨はザーザーと降り、故郷の雨はシトシトと降る。

もちろん都会にだってシトシトと降る雨はあるが、静かな雨音は雑多な音にかき消され、都会で雨音が聞こえてくるのは、それが雑多な音以上の雨足となった時である。故郷に降る雨は、窓の向こうにシトシトと降る。

雨の日のドライブが嫌いではない。二輪車のツーリングやサイクリングであれば、ずぶ濡れになりながら雨空を恨めしく仰ぐかもしれないが、ドライブだったら、たとえ雨がザーザーと降っていようとへっちゃらだ。肩を濡らしながら急いで乗り込んで、ドアを閉じた瞬間に止む雨音。そこには、普段よりも少し濃密な時空間が広がっている気がする。

フロントウインドウに沿って流れ去る雨粒は、目に見える加速度である。オートバイは加速度を風で感じるが、クルマはそれを雨に見ることができる。ウインドウに落ちた雨粒は、その向こうに過ぎ去る景色よりも速いスピードで、ガラスの表面を下から上へとまるで先を争うかのように加速しながら飛んでいく。

都会にいても静かな雨音を聞ける場所がある。幌を閉じたオープンカーの中だ。ポツポツと幌を叩く雨音は、頭上を吹き抜けるいつもの風音とは違い、加速するだけがクルマではないことを信号待ちの間に教えてくれる。ザーザーと降る雨も、シトシトと降る雨も、そしてポツポツと幌に当たる雨もクルマなら楽しめる。

雨の日は、ドライブ日和だ。

五木寛之による「雨の日には車をみがいて」という短編集がある。“ぼく”と9台のクルマと9人の女性による、ささやかな9話の物語だ。第1話は「たそがれ色のシムカ」……。

1966年、“ぼく”がわずかな貯金のすべてをはたいてフランスの大衆車「シムカ1000」を手に入れたのは、「雨の日だからこそ新しい靴をはくのよ」と言い放つ女ともだち、搖子のうれしそうな顔を見たいからだった。

「車は雨の日にこそみがくんだわ。ぴかぴかにみがいたボディに雨の滴が玉になって走るのって、すごくセクシーだと思わない? 雨の日に車をみがくのをいやがる男なんて最低ね」(『雨の日には車をみがいて』集英社文庫)

搖子が姿を消してしまった後も、“ぼく”はクルマを磨き続ける。雨の日には、とくに時間をかけて……。

この短編集に登場するのはシムカ1000のほかに、アルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー、ボルボ122S、BMW2000CS、シトロエン2CV、ジャガーXJ6、メルセデス・ベンツ300SEL6.3、ポルシェ911S、サーブ96S……。こうして車名を並べただけで、作者がいかにクルマ好きな男であるかが伝わってくる。

クルマ好きな男が書いたからというわけではないが、この物語を楽しめるのは男だけかもしれないな、と読み返すたびに思う。もしかしたら女性にとっては、なんてことない、あるいは理解できない話なのかもしれない。その感じ方の違いこそが男と女であり、男にとってのクルマと、女にとってのそれは違う乗りものなのである。フロントウインドウを流れる雨粒も、きっと違って見えている。

「雨の日に車をみがくのをいやがる男なんて最低ね」と言いながら、搖子は、きっと自分でクルマを磨いたりはしない。男は雨の日にクルマを磨きながら、女によって磨かれていくのだろう。それでいいと思う。

雨の日にはクルマを磨いて、そして走り出そう。アクセルを踏めば、玉のような雨の滴がボディの上を転がっていく。もういちど言おう。雨の日は、ドライブ日和なのだ。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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横浜ゴム株式会社