環境に優しい車会は、楽しいからこそ続くのだ

2018.06.19

ひさしぶりに、旧い友人と会った。
昔は場末の酒場で一緒に朝まで飲み明かした男が、昼間に都心の洒落たカフェで会おうと言う。会ってみると、ずいぶんと頬のこけた友が、テーブルにぽつんと座ってハーブティーを飲んでいた。

どこか具合でも悪いのか?

心配になって思わず声をかけると、みんなにそう言われて参っている、と彼は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。聞けば、健康のために酒も煙草も、間食も夜食も止めたらしい。腹の出たお前よりぜったい似合っているはずだ、と彼はポロシャツの襟を立てながら胸を張った。

そんな生活のなにが楽しいのかと尋ねると、毎日、体重計に乗るのが楽しみなのだと言いながら、最近、ちょっと立ちくらみが……。健康のためなら死んでもいい、なんて言い出すなよ、と僕らは笑い合った。

エコカーの普及によって、肥大化した車会(しゃかい)がスリムで健康的になると期待はしつつ、じつはちょっぴり心配もしている。話題になるのは燃費性能であったり、減税額であったり、電気自動車なら航続距離だったり……。クルマのデザインについて、なんて夢は今や誰も語ろうとしない。エコは、人にとって現実的な問題なのだ。

人に優しく、環境に優しく、財布に優しく……。優しさは大事だけど、それは夢や希望ではなく当たり前のことであって切ない現実だ。今の時代に「優しくあること」は必要条件かもしれないが、はたしてその優しさは未来の明るい車会を満たす十分条件となり得るだろうか。

いくら「エコなカーライフを!」と推奨されても、もしもエコドライブが我慢のドライブだとするなら、あんまり楽しくなさそうだ。環境のためにドライブの楽しさを放棄するとしたら、まるで健康のためなら死んでもいいという笑い話みたいなものじゃないか。体重計に乗るくらいなら、たまにはクルマに乗って思い切りアクセルを踏み込め、と旧友に忠告すると、彼は、だったら自転車に乗る、と言った。こうして、みんなクルマから離れていく……。

地球に、望みはなにか、と尋ねたら、CO2の削減よりも人間がいなくなることだ、と答えるかもしれない。環境への配慮もまた人間のエゴと言えるのではないだろうか。ならば自分たちの楽しみも大切にしよう、胸を張って。

大リーグに挑む二刀流の彼は、落ちているゴミを見つけたら拾う、という記事を読んだ。他人がポイと捨てた運を拾っているのです、と照れる。投げてよし打ってよし、顔もスタイルもよければ性格までもいい男に、道端で運まで拾われたのでは、世界中のどんな男がポロシャツの襟を立てようと太刀打ちはできまい。

彼は、環境のために、なんて(たとえ思っていたとしても)きっと言わない。あくまでも、自分のためになるから、とゴミを拾う。まだ間に合う。さんざん運を捨ててきた自らを悔い改めよう。

「エゴノキ」という木がある。珍しい木ではない。東京なら御茶ノ水界隈にいけば街路樹として植えてあるから探してみてください。いい名まえの木だと思う。もっとたくさん植えたら、そこはエゴの森だ。

環境のために運転を控えたりすることなく、環境への意識をもってドライブをもっと楽しみたい。クルマで大地を駆け出さないことには、森にだってたどり着けない。環境に優しく、人が楽しいエコの森へ……。持続可能な車会はその先にあり、それは楽しいからこそ続くのだろう。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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