セカンドライフは、すでに手の内にある

2018.06.19

娘の結婚式で、中島みゆきの「糸」を見事に歌い上げるお父さんの動画を、YouTubeで見た。学生時代からバンド活動を続けている61歳のハードロッカーなのだそうな。普段はどんな格好をされているのか存じあげないが、モーニング姿で背すじを伸ばしてマイクを持つ花嫁の父はイカしていた。

「セカンドライフ」という言葉は、この国では定年退職後の第二の人生といった意味で使われるようだが、そうではないのだ、とフランス人の友人から聞いたことがある。

人生は開いた手の表と裏のようなもので、ウィークデイは真面目に一生懸命働き、ウィークエンドになれば、くるりと手の平を返してもうひとつの(第二の)人生を楽しむ。ファーストとセカンドの二通りの人生を同時に歩むことができたら、人生を2倍楽しめるだろう?とその男は笑った。

週末まで待たなくても、たとえば昼と夜とで手の平を返したっていい。終業後にハーレーで颯爽と走り去る銀行員がいたら、電話ボックスで変身するスーパーマンのようで、白髪のハードロッカーに負けないくらいカッコいい。

中学でラグビーを始めて、O先生と出会った。

O先生は六十過ぎで、背が低くお腹はポッコリと出ていたけれど、やたらと姿勢がよくて、いつも真っ白なラグビージャージに短パン、ストッキングの正装で、額に玉のような汗を浮かべながら、僕らと一緒になって走っていらした。

新緑の春の天気のいい日に空を見上げると、ときどきO先生のことを思い出す。先生は、春や秋の空が晴れ渡った日には、いつもグランドに立つ僕らにおっしゃった。君たちは、こんなに素晴らしい空の下でラグビーに打ち込める幸せを忘れてはならない、と。先生が元特攻隊員だったことを知ったのは、ずいぶん後になってからのことだった。

当時は、グランドを這いずり回りながら、幸せだなぁ、なんて思ったことは一度もなかったが、先生がおっしゃっていた言葉の意味が、最近になってようやく理解できるようになった気がする。時は有限なのだ、と先生は少年たちに伝えたかったのだろう。だから限られた時を、愛しみなさいと。

若い頃には、大人たちから「これをやれ、あれをやれ」と言われるたびに、「それはやりたくない、あれもやりたくない」と、いちいち反抗していた。だが、歳をとるにつれて「これもやりたい、あれもやりたい」と意欲が湧いてきた時には、残念ながら「それはやれない、あれもやれない」という状況におちいっていたりする。たくさんのことを背負い込んでしまって。

だが、それを言い訳にするのはよそう。楽しみは老後の楽しみに取っておくなんて、そんな悠長なことを言ってる場合だろうか。時は有限なのだ。人生に余暇なんて時間はない。あれもこれも、2倍の人生を楽しんでやれ。

インターネットで「セカンドライフ」という言葉を検索したら、最初に出てきたのは仮想世界を舞台にしたビデオゲームだった。いくら時代は変わろうと、僕らのセカンドライフは夢でもバーチャルでもない。それは、すでに手の内にあるリアルだ。中島みゆきを練習しようか、大型バイクの免許を取得しようか。いっそ憧れだった、あの2シーターのオープンカーを手に入れてみるか。

さぁ、手の平をくるりとひっくり返して走り出そう。青空の下で、好きなクルマを走らすことのできる幸せをかみしめながら。つまり今こそ、もうひとつの人生を楽しみながら。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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