あの時の海へ、これからの海へ。

2018.06.19

東京の北西のはずれに位置する町に暮らしている。23区内とはいえ、古く小さな戸建て住宅が建ち並ぶ昭和の町である。家々が身を寄せる空は狭く、見上げればいく筋もの電線の向こうに薄い空がのぞいている。

町の北側と東側に大きな幹線道路が通っていて、その二本が交差するオーバーパスをクルマで駆け上がると、真正面にいきなり雄大な富士山が現れる。その突然の場面転換のインパクトと富士山の存在感に、そこを通るたびに感嘆する。

富士山は、いつもいきなり現れる。遠くに小さく見える富士山に徐々に近づいて行く、というようなドライブは経験したことがない。たとえば高速道路を走っている時にも、大きなカーブを抜けると富士山は、いつだって、そこにいきなり“在る”のだ。

海ともまた、ドライブの途中でそんな風に出会う。確かに近づいているはずなのに海原は見えず、そして突き当たりの角を曲がると、そこにはいきなり青い海が広がり、気がつけばクルマは海岸線を走っている。富士山と海はいつも突然現れ、そしていつの間にか見えなくなっているものだ。

ヨットで単独世界一周を成し遂げたことのある海洋冒険家と酒を飲んだことがある。その時、若き冒険家はこんな話をしてくれた。

普通の人は、磯の香りを嗅ぐと「わぁ、海に来たぁ」と実感するでしょう?だけど数ヶ月間も洋上で過ごしてきた者にとって、磯の香りは陸の匂いなんです。だから、その香りが漂ってくると「おぉ、陸に近づいたぞ」と嬉しくなる。やっと帰ってきたぞ、と。

海岸線は陸と海との境であり、僕らは陸から海を眺め、彼は海から陸を眺めている。ならば富士山は、大地と大空の境か。ボーダーレス社会なんて言うけれど、境はいつだって確かにそこに在って、だけど普段は見えないものなのだ。いや、時代の変化とともにさまざまな境が見えにくく、気づきにくくなっただけなのかもしれない。きっと昔は、富士山も海もよく見えたに違いない。

そういえば、冒険家はこんなことも言った。赤道にしても日付変更線にしても、あるいは国境にしても、そんな線は海の上にはないのです……。

もしかしたら、境のない世界をGPSや時には星を頼りに進むから、それを冒険と呼ぶのかもしれない。だけど、僕らは冒険家ではない。目の前には、いつも道という境が続いている。僕らは境を知っていて、その上を行ったり来たりしているのだ。

ドライブとは日常と非日常の境を、過去と未来の境をトレースするようなものではないだろうか。クルマという空間の外にはいつもと異なる景色が流れ、フロントウインドウの先には未来が広がり、ルームミラーの彼方に過去が飛び去っていく。道を走り続けるかぎり、その楽しさは果てしない。境に終着地点はないのだから。

子どもたちも成長して、海水浴に行かなくなってずいぶんになる。いつの間にか海は、ドライブの途中に車窓から眺めるだけのものになってしまった。この夏はクルマで海に向かってみようと思う。浜辺に座って、寄せては返す永遠の境をただぼんやりと眺めていたい。どちらの方角へ進もうかと、あの時の海を思い出しながら、これからの海へ思いを馳せながら。

そしてまた、東京の北西のはずれにある町へと帰ってくる。狭く薄い空を見上げながら、だけど昨日の自分ではない。昨日から今日へと、境を走り抜けてきたから。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

カテゴリ

横浜ゴム株式会社