ドライブの楽しみは、道中にこそあるのだ

2018.05.14

クルマでCDを聴きたいと思って、数年ぶりに郊外の大型カー用品店に行った。自動ドアが開くと、そこに漂うのはワックスとタイヤの匂いが混じったような、忘れかけていたいい香り。懐かしいクルマ馬鹿臭に包まれて、思わず顔がほころぶ。

真っ先に目的の売り場に向かう。カーナビ、ETC……。ほう、今どきはドライブレコーダーのコーナーまであるのか。しかし、肝心の目的地が見当たらない。若い店員に尋ねる。

カーオーディオの売り場は、どこかね?

ここですが……

いや、ここはカーナビの売り場じゃないか。そうじゃなくて、1DINのCDデッキとか、12連奏のCDチェンジャーとか、そういうのはどこにあるのかな?

あ、それでしたら、こちらの隅に……

いやいや、MP3とかBluetoothとか、USBがどうしたとか、そんなのは関係ない。私はただ、CDをクルマで聴きたいだけなんだ。いやいやいや、iPodも iPhoneも関係ない。私はただ、サービスエリアで売っている本人歌唱と書かれた昭和フォーク全集のCDが……。

若い店員は、困った顔をして立ちすくんでいる。今どきのカー用品店には、もはや「カーオーディオ」コーナーなど存在せず、もしかしたらその言葉さえ死語なのか。ならば今どきの人たちは(自分がいかにも年寄り臭いが)、ドライブの道中をどう楽しんでおられるのか。音楽ならスマホでピピッと? あぁ、そうですか。

カーナビもETCもドライブをサポートはしてくれるが、ドライブそのものを楽しませてくれるものではない。すでに「ドライブを楽しみたい」という欲望そのものが路上から消えつつあるのかもしれない。カーナビの画面が、ドライブの思い出だったりして。

数年前に観た、とあるアニメーション映画に印象的だったシーンがある。ドライブの途中の夕暮れの丘で、ヒロインが主人公に語る 。

ハイウェイが開通する前は、大勢の人がドライブの途中にこの町に寄って賑わったものだけど、今ではすっかりさびれてしまったわ。昔はドライブそのものを楽しんでいたのに、今はクルマで着いた先の楽しみのために、みんなハイウェイをひたすら飛ばしてる……。

もったいないことだな、と思う。

記憶の中にある、いちばん最初のドライブの思い出といえば、あれは小学校の一年生だったか二年生だったか。父はクルマの免許を持っていなかったので、夏休みになると叔父さんが子どもたちを海水浴に連れて行ってくれた。スバルの赤いワンボックスのサンバーで、なぜか僕らはわざわざ荷室に座りたがって叔父さんに怒られた。

荷室から見上げた車窓には、いとこの白いランニングシャツの肩越しに、真っ青な空と大きな入道雲が見えた。カーラジオから聞こえてくる高校野球の中継、床の真下から伝わってくるエンジンの振動……。サンバーがリアエンジンだと知ったのは、もちろん大人になってからのことである。

夏になると、なぜか着いた先で楽しんだはずの海水浴よりも、あの時の荷室の窓に切り取られた四角い空と入道雲を思い出す。

思い出は、いつもシーンとともにある。ドライブとはシーンの連なりなのだろうと思う。カーナビのモニターにシーンは映らない。楽しみは道中にこそあるのだ。

ライター紹介

夢野忠則

自他ともに認めるクルマ馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト。
クルマ雑誌「ナビカーズ」では自動車ロマン文筆家として人気コラム「クルマ馬鹿で結構!」やドライブエッセイを連載中。愛車は一万円で買った90年式のVWゴルフ2。ヴィンテージバイク(自転車)

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